■日本ロケット協会稲谷会長の連載(ロケットニュースより)

 
日本ロケット協会 会長 稲谷 芳文 


宇宙のまがり角(16)
 

飛躍的な輸送需要の増加をもたらすような宇宙利用の拡大は,国の投資に頼っていてはできないのである,との論がどうも正しそうだと前回述べました.では民間投資が主体の宇宙活動が行われるようなゲームチェンジをどうやって起こすのであるか?とか,20世紀的な冷戦とか国のプレステージということで税金を使うのでなく,欧米や日本のようないわゆる西側の「成熟した社会」での宇宙開発への投資の動機とは何か,と言うことについて考えてみます.要するに結局は,この成熟した世の中で,誰が,どういう動機で,お金を出すのかと言うことです.

ここで言う成熟した社会,とはどういう社会かというと,これはよい意味もそうでない意味も両面で,様々です.成熟した社会とは・・・いろいろなことが十分に発達した社会??みんなが平等な社会??弱いものが保護される社会??人件費の高い社会??一見安全と安心が保障された社会??もう右肩上がりではない社会??健康と安全が命よりも大事な社会??国より民間が強い社会??いろいろな利害が入り組んで複雑な社会??訴訟リスクを最小にするため予防的措置をいっぱい講じる社会??情報を瞬時に伝える仕掛けが発達しすぎて不安定な社会??誰もリスクを取らないので物事が前に進まない社会??未来に期待の持てない社会??・・・と言う感じで,少なくとも,坂の上に雲の見える,と言うのとは違うメンタリティに支配された社会,もしくは「成熟」のもたらすよい面よりも,負の側面が強くなって,ダイナミックに新しいことが始めにくい社会なのかも知れません.真の意味での「成熟」とは何か?とは,かなり深いテーマです.

最近2040年とか50年の宇宙利用の姿を描けという機会があって,いろいろ考えたのですが,結局は90年代にシャトルの次を考える中でアメリカの航空宇宙インダストリー中心にやった21世紀的輸送需要のスタディの結果からなかなか抜け出せていないというのが現状で,当時考えた以上の宇宙利用の姿は描けていません.さらには,これらのうちの一般大衆の宇宙旅行や太陽発電衛星の仕事ですら,構想から何十年も経っても単なる「おはなし」の世界から抜け出せていないのだと前回述べました.それでは現在の,成熟した社会で,税金に頼った宇宙活動から民間活動への転換を図るために,どこから何を変えていくのか?が今考えるべきことです.

試しに,現在の状況で何通りかの答えを考えてみると・・・イーロンマスクがやっているように,税金のアカウンタビリティの縛りを受けないディシジョンメーカがタイムリーに決断していろいろなことをやっていく方法で世の中を前に進めていくか?やはり安全保障からの要請で例えば米空軍やDARPAがやってるような,世界のどこにでも一時間以内に兵隊をポンと送る手段から技術が進むか?大型のロケットや衛星ではなかなか民間の自発的な投資を得るには規模が大きいので,ナノとかマイクロ,超小型とか小型とかの衛星ビジネスから民間活動活発化の扉を開くか?いやいや,宇宙に行くことから入るより,いわゆる地上2点間の高速輸送をまず事業化して,これを宇宙輸送に発展させるか?やっぱり弾道遊覧飛行というアミューズメントの世界をより発展させるか,地域興しのスペースポートムーブメントと一体で?・・・などと言うことでしょうか?いずれの方法も,なんらかの一発の変革のみでは,未来をたぐり寄せる決め手となるにはなかなか難しそうにも思えます.

もうひとつの視点は人類のサバイバルです.この先の百年とか千年とかの未来では,なにやら地球規模の温暖化とか気候変動とか,もう少し先では小惑星の衝突とか,地球に人類が住める環境を脅かす出来事があるような?ないような?ですが,一方10億年という単位では,太陽の寿命は必ずやってきます.人類絶滅の考察によれば,もっと早くに全く別の形でやってくるとの論も多くあり,だそうですが,いずれにせよ,それより前に破局はやってきて,人類が生きながらえるのであれば,究極には地球脱出,太陽系脱出は必定です.

その昔ダイダロス計画というのがあったことはこの連載のはじめの頃にお話ししました.隣の恒星系まで片道50年かけて光速の10%まで加速できる核融合パルスエンジンと言うので行く巨大ロケットで,これは無人の片道飛行なのですが,仮に移住のための有人宇宙船だったら,と50年の道中を考えるに,これをどんなロケットにするべきとか,着くまでに世代が二つ廻るとか,学校や病院はどうするとか,やっぱり人工冬眠だ,とか想像力を逞しくして考える課題が多くありそうです.

この人類のサバイバルを考えるべき時間の間には,もっと技術は進むのでしょうが,「現状1kg百万円,再使用化で二桁ダウン」という輸送コストを頭に入れて,さてこの人類の太陽系脱出がナンボの仕事になるのか,と考えてみると,全人類が地球周回軌道に出るだけでも,¥1016の桁のお金が必要,と出ます.そこから先の太陽系脱出は往復で稼ぐというのもなさそうで,それより2桁以上も大きなお金がかかりそうです.一方世界の年間総生産はまあ¥1015の桁ですから,総生産の全部を千年とか言うかなりの長期に亘ってこれに当ててもなかなか大変と言うことで,これはやはり全員は無理だなあ,とか,じゃあ限られた人をどう選ぶのかとか,とても民主的合意形成はできないなあとか,こんな営みをマネージする才覚は人類にはないわなあ,と言うことに行き着きます.どうせずいぶん先の話で,ロケット屋の仕事の範囲を超えることばかりなので,この辺りから先は誰か他の人に考えてもらいたいと思いますが,でもロケット屋が頑張らないと人類のサバイバルはないのだ,と知るべきなのです.でもそれは今か?と言ったら,まあまだエエか,ではあります.

今月以上



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第1回 宇宙のまがり角(1)
第2回 宇宙のまがり角(2)
第3回 宇宙のまがり角(3)
第4回 宇宙のまがり角(4)
第5回 宇宙のまがり角(5)
第6回 宇宙のまがり角(6)
第7回 宇宙のまがり角(7)
第8回 宇宙のまがり角(8)
第9回 宇宙のまがり角(9)
第10回 宇宙のまがり角(10)
第11回 宇宙のまがり角(11)
第12回 宇宙のまがり角(12)
第13回 宇宙のまがり角(13)
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第15回 宇宙のまがり角(15)
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