■日本ロケット協会稲谷会長の連載(ロケットニュースより)

 
日本ロケット協会 会長 稲谷 芳文 


宇宙のまがり角(12)
 

イプシロン初号機打ち上げ,まずはうまくいって何よりでした.前回のこの欄で,ベガやイプシロンの,時代の流れの中での位置のようなこと少し書きました.ものごと,時代を先取りするか,時代とシンクロするか,あるいは時代遅れか,は世の中の動きとの相対関係で決まることです.H2ロケットの次の展開を今後の日本の宇宙輸送の基幹となることを目指して,イプシロンの今後も併せて,この先20年くらいの視野でどうしていくのだ,ということを,今決めていく状況にあります.

それでは,世の中のロケットの世界はどういう事になっているかというと,アメリカでは既存技術に立脚した打ち上げ機や輸送機は,国の責任で税金を投じてやると言うこれまでの方法から,民間による事業の世界へ,NASAは経済的に自立していないが国としての投資をするべきであるような宇宙活動に専念,と言う感じでしょうか.アメリカの場合は何でも世界一,または世界一を脅かされることが税金投入の動機になる国ですから,これまでは比較的宇宙への投資の動機への賛同は得られやすかったのですが,この先はどうでしょう?

最近のNASAの活動はポストISSの文脈でスタートしたいわゆるブッシュ探査のその後は,行き先が月か小惑星かマルチパスで始めるとかいろいろ定まらない状態です.でもSLSと言う大型ロケットやオライオンという有人カプセルの開発は進められていて,なんだか最近ロシアに落ちた大隕石の影響もあってか,地球近傍小惑星を捕まえて,これを地球・月のラグランジェ点に曳航してきて,SLSプラスオライオンで人間が調べに行く,というミッションが出てきて世界中が驚きました.持続的有人月火星滞在という大きな目標を掲げていたのにこれはなんだ?と言うのが周りの正直な反応でしょうか.これを持ってNASAの漂流という人もいます

一方でNASA以外では空軍やDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)では,安全保障の立場で宇宙の乗り物の研究を進めていて,Prompt Global Strike (PGS)という世界中のどこにでも1時間以内に到達することを目指した輸送機のためのスクラムジェットの飛行実験や,軌道上の偵察か何か分かりませんが有翼型往還システムの実験的な活動など,ある種の輸送の将来に向けた分野では,NASAよりも活発に研究投資や実験的活動が行われています.

またご存じのように民間の活動では,SpaceX,とオービタルサイエンスがそれぞれファルコン9とドラゴンカプセル,アンタレスロケットとシグナス輸送機,という形で,かつてはNASAがやっていた地上と低軌道間およびISS間の輸送を民間が担う時代が出来つつあって,民間による有人輸送も視野に入っています.一方でこれらにはCOTS(Commercial Orbital Transportation Services),CCDev(Commercial Crew Development), CCiCap (Commercial Crew Integrated Capability)などなど極めて多様で多岐にわたるNASAや連邦政府の民間活動支援のスキームが作られて,千億規模のお金が流れている様です.

他方民間による有人弾道飛行の事業化も進んでいて,バージンギャラクティックなどのスペースポートでの商業有人飛行も近く始まるようです.またこれらの民間の活動を保証するための,国以外の組織や個人がロケットを飛ばしたり宇宙から帰還したりなどの宇宙輸送を行う場合のライセンシングの仕組みを,連邦航空局(FAA)が整備し,上に述べた民間の宇宙活動に対して適用して運航すると言うことがもう実際に機能する状況が作られています.またこれらの弾道飛行機に使い捨て上段を着けて,いわゆる小型衛星を極めて低コストで高頻度に打ち上げて行こうという動きもあります.

NASAは漂流と言いましたが,国全体としては民間の活動支援やその仕組み作り,さらに空軍周辺の多様な活動など,全体としてのコーディネーションがどうなされているのかはよく分かりませんが,アメリカのAerospace Supremacy即ち世界一を維持するための狡猾な戦略が後ろにあるのだ,と言う人もいます.かつてはそうだったが今はそうでないという人もいます.

アメリカ以外ではヨーロッパでもアリアンの次に向けた動きが具体化してこの先の1−2年で次を決める様です.1,2段を固体としたフランスのアリアン6提案など,ここでも先ほどのアメリカの民間の動きを強く意識した提案がなされようとしています.なぜならアリアンが世界の商業打ち上げを席捲していたしばらく前の状態から,ファルコン9が市場を抑えつつある状況となっているからです.中国やインドをはじめとするその他の新興国も,いわゆる成熟した社会におけるのとは,国家としての動機は異なるのですが,マーケットシェアを奪いに来るのはこれも必定でしょう.ロシアは世代交代がうまくいかないのか最近失敗が続いたり元気がないです.また世界的に小型,超小型衛星を低コストで機動的に打ち上げるシステムに対する需要も今後大きく拡大して専用のロケットがいるのだとする論もあります.

世の中の様子の全部を書けませんが,少なくとも言えるのは,宇宙を取り巻く環境や仕事の仕方は,宇宙活動というゲームのルールや仕組みのみならず誰がプレイヤーかも含めてダイナミックに動いていると知るべきでしょう.いわゆるゲームチェンジです.これを「まがり角」と捉えるなら,そのコーナーを正しく見定めて上手に曲がろうとみんなするのだが,もう曲がり始めてる人もおり,まだ昔のままの方向で走っている人もおり,滑ってひっくり返る人もおり,どっちに曲がるか分からない人もおり,曲がり角でうろうろしている人もおり,関係なくやってる人もおり・・・なのでしょう.

そう言う風に,世の中がダイナミックに変化する中でのイプシロンの打ち上げであり,次期基幹ロケットのスタートです.ここで見誤るとこの先の10年20年を規定してしまうことになる,というネガティブ思考ではなく,自らの意志でこっちへこう曲がって新たな道を引いてやる、くらいで行きたいものです.

今月以上



バックナンバー
第1回 宇宙のまがり角(1)
第2回 宇宙のまがり角(2)
第3回 宇宙のまがり角(3)
第4回 宇宙のまがり角(4)
第5回 宇宙のまがり角(5)
第6回 宇宙のまがり角(6)
第7回 宇宙のまがり角(7)
第8回 宇宙のまがり角(8)
第9回 宇宙のまがり角(9)
第10回 宇宙のまがり角(10)
第11回 宇宙のまがり角(11)
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