■宇宙科学研究所名誉教授 松尾弘毅先生の連載(ロケットニュースNO.576より)
インタビュー:ロケット協会庶務担当理事 有田誠
協力:林公代
ロケット口伝鈔(くでんしょう) 1
このたび、稲谷会長の強いイニシアティブで新企画を登場させることになりました。
我が国では、ペンシルロケットから50年以上が経ち、H-ⅡBロケットの打上げ事業が民間移管され、新型ロケット・イプシロンが誕生。世代交代も進んでいます。折しも政府の宇宙政策委員会では新型基幹ロケットや将来輸送系の議論が行われています。しかし、その中では産業振興や民間主導といった議論が中心となり、ロケットの世界はある種できあがった世界と捉えられ、黎明期の熱気は失われているように思えます。
ロケット協会としては、日本の宇宙の黎明期から中心的な役割を果たされた諸先輩方に、貴重な経験や教訓、今後の宇宙輸送系開発についてのご意見や、現役・将来世代に対するメッセージを語って頂き、この紙面を使って次の世代に残し、伝えていく役割を果たさなければならないと考えています。それが「曲がり角」を迎えている宇宙輸送系の今後のあり方を考える輪を広げ、黎明期のような熱さを取り戻して前進するために必要と考えるからです。
トップバッターは現在、宇宙政策委員会の宇宙輸送システム部会の委員で、ロケット協会の元会長でもいらっしゃる宇宙科学研究所名誉教授の松尾弘毅先生です。4回に亘って連載しますので、ご期待頂きたいと思います。
本企画はロケット協会の庶務担当理事を務めるJAXA宇宙輸送システム本部の有田誠が、フリーライターの林公代さんの協力を得て進めて参ります。ご意見、ご要望などお寄せ頂ければ幸いです。
有田:先生は日本のロケットの現状をどんなふうにご覧になっていますか。
松尾:まず前置きとして、僕はロケット屋ではないんです。好きなのは惑星間飛行。でも宇宙研みたいな狭いところでは何でもやらざるを得ない。そもそも惑星間飛行にもロケットは必要だし、おかげでM-3SⅡ型という名機にも関わり、M-Vも前半は僕が率いました。それは当時の宇宙研にとって一番大事なことでした。
でも個別の専門分野については有能な人たちがそろっていたので、彼らに任せていればよかった。僕はおもに、金策で苦労していましたね(笑)。
現状については時代の流れを感じます。「ロケットが肩で風を切る時代」でなくなったなと。ロケットは「インフラ中のインフラ」で、ロケットがちゃんと上がらないと宇宙での仕事は始まらない。でも、ある程度ロケット技術が成熟してしまうと、成功が当たり前でしくじったら大変。ロケットは「研究対象」でなく、「単なる手段」と考えられるようになってきたんです。
さらに以前は何がなんでも自分で開発してロケットを打たないといけなかったのに、今はお金さえ払えば、外国のロケットを使えるようになった。ますます難しい状況ですね。
有田:そんな中、イプシロンロケットが登場しました。イプシロンは基本的にはH-ⅡAのSRB-AにM-Vの上段を載せたものですから、一時はかつて「木に竹を接ぐ」と揶揄されたJ-Iロケットの再来と見る向きもありました。
松尾:僕は、むしろ1990年代にH-Ⅱという基幹ロケットがある一方で、M-Ⅴロケットを開発した状況とパラレルという気がしていますね。今はH-ⅡAがあるのにイプシロンを作るという。ただイプシロンを開発するために、紆余曲折がありすぎましたね。
遡ると、なぜM-Vロケットを止めたのか、という話にたどり着きます。自打球みたいなところがありましてね。M-Vの4号機でしくじって飛行を再開した後、打上げを待っていた探査機を無理して続けて打ち上げたんです。そうしたら予算もなくなって、探査機も打つ玉がなくなってしまった。当時、M-Vを製造していた日産自動車が、ロケットの発注がないと現場が持たない、採算がとれないと。こんな短期的なことが、諸般の事情で致命傷になったんですね。
M-Vを止めた理由として報道などでは、「ロケットの打上げ費が高い」と言われていますが、それは本質ではないと思っています。もちろん、安いに越したことはありませんが世界市場を席巻しようなんて、凄いことは考えない方がいい。
M-Vを止めたのは、別の理由です。宇宙研は自分でロケットを作り、衛星も作っていた。それはよかったけれど、ある程度ロケットがオペレーショナルな状態になるとロケットとしては研究要素がなくなってしまう。先に述べた短期的な事情に加えて、そもそも研究所としていつまでもM-Vロケットを維持するのか。これが最後ではないのか、ということをいつも考えていました。
ロケットを持つということは第一義的には自在性の確保です。無理して打上げ費を下げて 3 機打つところを 4 機に増やすよりも、国がその分補填してでもロケットを維持して自在 性を確保する方が遙かに大事なこと。ただ難しいのは、国が保証しますよと言うとメーカー側のモチベーションが下がって、コストが高止まりしてしまうことですね。
話をM-Ⅴに戻すと、一番いいのは、我々の技術を日産(当時)が引き取って世界を相手に商売してくれることで、そうなるのが最も望ましいと思っていました。研究所の役割という観点に加えて、旧NASDAと宇宙研が同じ組織になれば、ロケット開発の主流は旧NASDAの輸送系になるだろうと思っていたからです。統合した新組織で固体ロケット技術にテコ入れして発展させることはないだろうと。
有田:しかし日産はその後、宇宙部門を放り出してしまった。
松尾:そうですね、一番の理想がうまくいかなくなったんです。M-Ⅴ1機分を開発費に回して、M-Ⅴを改良し打上げ費を半額以下にしてみせます、という話もありました。でも 1 機分の開発費がどうしても工面できなかった。 1 機つぶすとなると理学側を説得しないといけない。また一方で、研究所としてルーティンの打上げをやるのが研究なのか、という話と正面から向き合う必要があった。宇宙研は研究所だから論文を書くことも仕事ですが、例えば低コスト化では論文を書きにくい。M-Ⅴでドクターをとったのは 2 〜 3 人です。理学は衛星一つで200ぐらいの論文が出るんですけどね。
ロケット屋だって論文を書こうと思えば書けますが、そうすると「ロケットが上がらなくなって世の中静かになるよ」と言ってましたね(笑)。(つづく)
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